diary

心に残ったできごと

今、大学生の人たちへ。

 卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ。(校長メッセージ)より一部抜粋

 

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諸君らのほとんどは、大学に進学する。大学で学ぶとは、又、大学の場にあって、諸君がその時を得るということはいかなることか。大学に行くことは、他の道を行くことといかなる相違があるのか。大学での青春とは、如何なることなのか。

 大学に行くことは学ぶためであるという。そうか。学ぶことは一生のことである。いかなる状況にあっても、学ぶことに終わりはない。一生涯辞書を引き続けろ。新たなる知識を常に学べ。知ることに終わりはなく、知識に不動なるものはない。

 大学だけが学ぶところではない。日本では、大学進学率は極めて高い水準にあるかもしれない。しかし、地球全体の視野で考えるならば、大学に行くものはまだ少数である。大学は、学ぶために行くと広言することの背後には、学ぶことに特権意識を持つ者の驕りがあるといってもいい。

 多くの友人を得るために、大学に行くと云う者がいる。そうか。友人を得るためなら、このまま社会人になることのほうが近道かもしれない。どの社会にあろうとも、よき友人はできる。大学で得る友人が、すぐれたものであるなどといった保証はどこにもない。そんな思い上がりは捨てるべきだ。

 楽しむために大学に行くという者がいる。エンジョイするために大学に行くと高言する者がいる。これほど鼻持ちならない言葉もない。ふざけるな。今この現実の前に真摯であれ。

 君らを待つ大学での時間とは、いかなる時間なのか。

 学ぶことでも、友人を得ることでも、楽しむためでもないとしたら、何のために大学に行くのか。

 誤解を恐れずに、あえて、象徴的に云おう。

 大学に行くとは、「海を見る自由」を得るためなのではないか。

 言葉を変えるならば、「立ち止まる自由」を得るためではないかと思う。現実を直視する自由だと言い換えてもいい。

 中学・高校時代。君らに時間を制御する自由はなかった。遅刻・欠席は学校という名の下で管理された。又、それは保護者の下で管理されていた。諸君は管理されていたのだ。

 大学を出て、就職したとしても、その構図は変わりない。無断欠席など、会社で許されるはずがない。高校時代も、又会社に勤めても時間を管理するのは、自分ではなく他者なのだ。それは、家庭を持っても変わらない。愛する人を持っても、それは変わらない。愛する人は、愛している人の時間を管理する。

 大学という青春の時間は、時間を自分が管理できる煌めきの時なのだ。

 池袋行きの電車に乗ったとしよう。諸君の脳裏に波の音が聞こえた時、君は途中下車して海に行けるのだ。高校時代、そんなことは許されていない。働いてもそんなことは出来ない。家庭を持ってもそんなことは出来ない。

 「今日ひとりで海を見てきたよ。」

 そんなことを私は妻や子供の前で言えない。大学での友人ならば、黙って頷いてくれるに違いない。

 悲惨な現実を前にしても云おう。波の音は、さざ波のような調べでないかもしれない。荒れ狂う鉛色の波の音かもしれない。

 時に、孤独を直視せよ。海原の前に一人立て。自分の夢が何であるか。海に向かって問え。青春とは、孤独を直視することなのだ。直視の自由を得ることなのだ。大学に行くということの豊潤さを、自由の時に変えるのだ。自己が管理する時間を、ダイナミックに手中におさめよ。流れに任せて、時間の空費にうつつを抜かすな。

 いかなる困難に出会おうとも、自己を直視すること以外に道はない。

 いかに悲しみの涙の淵に沈もうとも、それを直視することの他に我々にすべはない。

 海を見つめ。大海に出よ。嵐にたけり狂っていても海に出よ。

17歳の櫻井翔へ

櫻井翔くんが、17歳の頃の自分に宛てた手紙が印象的だったので書きます

 

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17歳の櫻井翔

 

17歳の俺。初めまして。

32歳の私です。

 

そこから15年が経ち、“俺”や“僕”ではなく“私”を使うようになりました。

その様な機会が増えるという、意外な状況に身を置いています。

背広を着ない仕事に腹くくったつもりでしたが、背広を着る機会に恵まれているよ。不思議なものですね。

 

1999年。

嵐になる直前。

 

気に入っていたドレッドを、ほどけと言われました。

必死に守り抜いてきた、無遅刻無欠席が急に叶わなくなりました。

 

“はぁ…。なんだこれ…。とんでもないことに巻き込まれた。辞めようと思っていたのに。”

 

そう思っていることと思います。

イラついて、ピリピリしていることと思います。

 

でも、

そんな“【あなたの社会】への建て前 ” と“自分への言い訳”を鎧に繕っているものの。

 

自分でその道を選び、歩き始めます。

誰も背中なんか押しちゃいないのに。

 

結局のところ、“夢”だったっつーことかな。

 

不安だとは思う。

 

しかし、

不安が努力を突き動かす。

 

どうか頑張ってください。

 

「無理しないでね。」

人は言うかもしれません。

 

死ぬほど無理してください。

別に死にゃしないから。

 

こっちも未だに、“これで本当に良かったのか”分かってはいません。

でもまあ…“悪くないかな”ってところまでは来られたよ。

来られるよ。

 

人生是一方通行。

 

どうか。

ただ前だけを。

 

無理しないように。

 

 

2014年1月    櫻井翔

久石譲さんの音楽

わたしは魔女の宅急便の海の見える街が好きで、この久石譲さんの指揮するオーケストラの海の見える街を聴くと、胸がいっぱいになって涙があふれます

 

Joe Hisaishi Budokan Ghibli 25 Years Concert 1080 Sub


Joe Hisaishi Budokan Studio Ghibli 25 Years Concert 1080 Sub - YouTube

 

23:00~23:15 と 23:38~23:55 の旋律がとても好きなのですが、久石譲さんもこのときすごく素敵な表情で指揮棒をふられているので、きっと海の見える街で1番きれいな旋律なんじゃないかなぁと思っています

あと、風の谷のナウシカの「鳥の人」(07:10~)も美しい旋律だとおもいます 9:20~10:35は特に

 

風の谷のナウシカ

(1)00:42~ 風の伝説
(2)03:07~ ナウシカ・レクイエム
(3)05:50~ 遠い日々
(4)07:10~ 鳥の人

もののけ姫

(5)11:32~ アシタカせっき
(6)13:51~ タタリ神
(7)16:14~ もののけ姫

<魔女の宅急便

(8)20:10~ 海の見える街
(9)24:12~ 傷心のキキ
(10)25:35~ かあさんのホウキ

崖の上のポニョ

(11)31:22~ 深海牧場~海のおかあさん
(12)36:51~ 波の魚のポニョ~フジモトのテーマ
(13)41:12~ ひまわりの家の輪舞曲
(14)44:29~ 母の愛~いもうと達の活躍~
(15)46:59~ 崖の上のポニョ

<天空の城のラピュタ

(16)50:29~ ハトと少年
(17)52:54~ 君をのせて
(18)57:51~ 大樹

紅の豚

(19)1:01:55~ 帰らざる日々

ハウルの動く城

(20)1:08:42~ Symphonic Variation “Merry-go-round” 交響変奏曲「人生のメリーゴーランド」

千と千尋の神隠し

(21)1:22:05~ あの夏へ vocal version「いのちの名前」
(22)1:26:28~ ふたたび

となりのトトロ

(23)1:19:18~ 風の通り道~さんぽ
(24)1:37:11~ となりのトトロ

紅の豚(アンコール)>

(25)1:43:21~ MADNESS

もののけ姫(アンコール)>

(26)1:47:29~ アシタカとサン